東京高等裁判所 昭和43年(う)2357号 判決 1969年3月17日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
<前略>
論旨第一点について。
所論は、原判決において被告人は昭和四一年四月一日当時勤めていた埼玉県越谷市事務吏員から出向を命ぜられて、埼玉県東部清掃組合(以下、組合と略称する)の係長待遇事務吏員に就任した旨認定したけれども、被告人は組合の管理者たる大塚伴鹿から組合の吏員に任命するとの辞令を交付されず、また大塚伴鹿ないしその定める上級の公務員の面前において宣誓書に署名していないから、組合の吏員に就任していないというべく、原判決の認定は誤認であると主張するけれども、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人は昭和二七年一一月越谷町役場(当時越谷には市制が未だ施行されていなかつた)勤務の吏員となり、昭和三七年六月越谷市衛生課環境衛生係長、昭和四〇年五月同市福祉事務所年金係長となつたこと、ところで、予て越谷市、草加市、吉川町、八潮町、三郷町及び松伏村が共同でし尿処理場、ごみ処理場の設置及び管理をすることになり、昭和四〇年一〇月一日付で埼玉県知事の許可を得て、地方自治法第二八四条第一項に定める、一部事務組合たる埼玉県東部清掃組合が設置され、越谷市長大塚伴鹿が組合の管理者、他の五市町村がそれぞれ副管理者となり、「組合規約」(昭和四〇年一〇月一日施行)が定められたが、被告人は昭和四一年四月一日付で越谷市長大塚伴鹿から組合に出向する旨の辞令をうけ、特に市長から組合の係長待遇事務吏員として、組合管理者たる同市長を補佐して組合の運営全般の処理に当るように指示をうけたことを認めることができる。
従つて、所論のごとく被告人は組合管理者、即ち組合の任命権者たる大塚伴鹿から特段に組合の吏員に任命するとの辞令書の交付をうけなかつたけれども、口頭により組合の吏員として任命されたものであるし、しかも前示認定のごとく同一の任命権者たる越谷市長大塚より任命権者を同じくする他の官職、即ち組合吏員になることを命ぜられて、その辞令書をうけている以上、あえて組合の任命権者から辞令書の交付をうけていないことを目して違法とするには当らないのである。
また昭和四〇年一二月二二日施行の「埼玉県東部清掃組合職員の服務の宣誓に関する条例」によれば、被告人のように新たに組合職員となつた者は、宣誓書に署名してからでなければ、その職務を行つてはならない旨、定められているけれども、仮に所論のごとく被告人が組合に出向した際に、いかなる事情のためか組合の定める宣誓書に署名していなかつたとしても、職員として遵守すべき諸種の義務は、宣誓によつて初めて生ずるものではなく、任命権者より組合吏員となることを命ぜられて、これを承諾したことによつて生ずるものと解すべきであり、従つて宣誓は、すでに承諾によつて生じた、職員として諸種の義務を遵守すべきことを一方的に宣言するにすぎないものであるから、これを欠くも被告人の組合吏員としての任命に消長を及ぼさないものというべきである(地方公務員法第三一条は、「職員は、条例の定めるところにより、服務の宣誓をしなければならない。」と定めているけれども、宣誓をしなかつた場合における効果ないし効力に関しては、全く定めていない)。
従つて、原審において、被告人は当時勤めていた埼玉県越谷市事務吏員から出向を命ぜられて、組合の吏員に就任したと認定したのは、正当であつて、もとより誤認はないのであるから、被告人は、越谷市の吏員であつたが、組合の吏員ではなかつたとの論旨は、すべて理由がないものといわなければならない。
論旨第二点について。
所論は、原判決において被告人は組合の管理運営全般を掌理していたと認定したが、当時において被告人の職務権限を定めた庶務規程は存しなかつたし、また実質上も、全面的な実権は、越谷市助役柿沼国治にあつたから、右の認定は事実誤認であると主張するが、原記録の各証拠によれば、被告人が組合吏員に就任した当時、諸種の規約、条例など、即ち「組合公告式条例」(昭和四〇年一〇月五日施行)、「組合議会定例会の回数を定める条例」(同日施行)、「組合監査委員条例」(同日施行)、「組合特別職の職員で非常勤のものの報酬及び費用弁償等に関する条例」(同日施行)、「組合議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(同日施行)、「組合議会会議規則」同(日施行)、「組合財産の交換、譲与、無償貸付等に関する条例」(同日施行)、「組合公平委員会設置条例」(昭和四〇年一二月二二日施行)、「組合職員の定数条例」(同日施行)、「組合職員の給与に関する条例」(同日施行)、「組合職員の分限に関する手続及び効果に関する条例」(同日施行)、「組合職員の懲戒の手続及び効果に関する条例」(同日施行)「、組合職員の給与に関する条例の一部を改正する条例」(昭和四一年四月一日施行)などが制定され、組合の機構は、ほぼ整備されていたこと、しかし被告人が組合吏員となつた際には、ごみ焼却場の新設、第二期し尿処理場の新設などを控えて、いわば組合本来のし尿施設、ごみ焼却場の管理運営に関する事務はなくて、これらの施設の建設に関する諸事務を行なつていたものであり、従つて組合処務規程のように職務内容を成文化したものはなかつたこと、しかし被告人は組合管理者たる大塚伴鹿の指示により、管理者の補佐役として清掃施設整備事業施行に関する事項、工事施工について補助起債に関する事項、工事請負契約に関する事項、工事代金の支払についての予算差引に関する事項の各処理を担当していたことを認めることができる。
右事実及び前論旨に対する判断の項で認定した事実によれば、被告人は一部事業組合たる本件組合の吏員として適法に任命されたこと(組合は地方自治法第二八四条第一項にもとづく一部事業組合であり、同法第二九二条に定めるように市に関する規定の準用をうけ、市と同格の特別地方公共団体であるから、組合の吏員、職員は地方公務員である)、しかも被告人は任命権者によつて、その職務権限の範囲を指示され、適法に公務を行なつていたことが明らかである。
もつとも論旨の指摘するように、被告人が組合吏員として就任した当時、職務権限を定めた規程などは存在しなかつたけれども、前示のように被告人は地方公務員として上官たる組合管理者から特に担任すべき職務権限を指示されて執務していたのであるから、その執務は右「職務」に該当するのであり、(昭和一八年一二月一五日大審院判決・刑集二二巻二八九頁)所論は謬見であつて採用しえないし、また論旨のいうように、被告人は管理者ないし市助役の指示に従つて機械的に事務上の処理をしていたものであり、事務処理の決済権がなかつたとするも、前記の「職務」の中には、上司の指揮監督のもとに、その命をうけて事務を取り扱うにすぎない執務も含まれるのであるから(昭和二八年一〇月二七日最高裁判決、集七巻一〇号一九七一頁)、この所論も、異なつた見解に立脚するものであつて、賛同しえない。
従つて、原判決には、論旨主張のごとき事実誤認ないし法令の解釈の誤りはなく、すべて理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。(松本勝夫 石渡吉夫 藤野英一)